新宿三井ビル会社対抗のど自慢大会
たくさんの人の胸を焦がす「新宿三井ビル会社対抗のど自慢大会」。このイベントはビルができた40年前から、毎年夏になると入居するビルのテナントの会社対抗で趣向を凝らしたのど自慢大会が行なわれるわけである。
大会は、2日に渡る予選とその結果選ばれた20組が出場する最終日の決勝戦の合計3日間にわたって行なわれる。会場はオフィスビルが立ち並ぶ、西新宿の三井ビル前広場。広場にドーンとステージセットを組み、大音響で会社員たちが喉を鳴らす。出場者はみな趣向を凝らし、1曲の間にドラマ仕立ての演出や完璧な踊りや玄人はだしの歌唱力で観客をうならせる。また「応援団」もみどころで、社員総出でステージの前にスタンバイし、会社のシュレッダーで作った紙吹雪を何十キロ単位でステージに向かって撒き散らす。このコンビネーションが見るものの涙腺を全力で緩めてくる。
こののど自慢大会、やたらと編集者の人に評判がいい。自分とは何の関係もない会社員さんたちが歌って踊る、超アウェーの大会なのに、なんだか熱闘する甲子園の試合を見ているような、他人ごとではない気分になる。「都会のオフィスビルに勤める人」に限定されたのど自慢大会だから、背後のドラマが想像しやすく、感情移入しやすいのかもしれない。また、会社総出でのステージ演出ということで、NHKのそれというよりも「欽ちゃんの仮装大賞」にノリが近いのが良いのかもしれない。近所で開催されている盆踊りなどののど自慢大会を見ても、これだけ感情移入できるとは思えない。やはりこれは「大都会の会社員たちが、会社名のもとにアンオフィシャルな素顔を見せてくれる場」だから、まったくの部外者が見ても面白いのだろう。
セーラー服に身を包んで「ZONE」を歌うOLさん、福山雅治のような甘い歌声を披露する保険会社のサラリーマンさん。嵐を演じた会社員さんたちは6人で合計30キロもダイエットしたという。そしてステージの上の彼らに向かって紙吹雪を懸命に飛ばす、首から入館証を下げたサラリーマンの皆さん。さらにそれを観客席からビール片手に見守る、応援団にはならなかった会社の方々。ステージの上の誰もが真剣で、心からこの場を楽しんでいる。全力で何かをしている人を見るのは気持ちの良いものだ。たった一曲のあいだに、たくさんの思いが詰め込まれている。
ここにいるみんなが、普段は通勤電車に揺られたり、会社についたら「お世話になっております」と言って電話に出たり、残業が終わったら飲みに行って愚痴を話したり、ランチは何にしようか悩んだりしているんだろうなあと思う。普段使っているサービスとか、こういう人たちが作っているんだなあと感慨深くなる。
むかし高度経済成長期の日本では、「社長シリーズ」など、「サラリーマン」の日常をテーマにした喜劇が作られていた。映画の中ではみんなてんやわんやしている。日本の会社という組織は学校とも家族とも違う、不思議な親密さがある。「新宿三井ビル会社対抗のど自慢大会」は、その親密さが、部外者にもかいま見ることができる大変めずらしい場だ。毎年それを見せてくれる新宿三井ビルさんと、テナントの方たちに感謝と惜しみない賞賛をおくらせて頂きます。